艦これの同人誌を作るまでに読んだ12冊+α(2019年版)
昨年冬に書いた艦これの小説同人誌『酷寒』が売り切れました*1。
ソルジェニーツィンの収容所小説ふうの世界観で艦これの二次創作をやるという変な同人誌だったのですが、こんな奇態な本が100部以上も頒布されてしまったというのは心強いものがあります。本編は完全に架空の出来事ばかりですが、書くにあたって参考にした本を記録しておきます。
グラーグ関連
舞台が強制労働収容所(グラーグ)なので、それについての本を読みました。
イワン・デニーソヴィチの一日
- 作者:ソルジェニーツィン
- 発売日: 1963/03/20
- メディア: 文庫
ノーベル賞作家ソルジェニーツィンのデビュー作。自分の中でガンちゃんグラーグに入ってた説はここから始まった。衝撃的で「こんな世界があったのか」とその圧倒的な空気に当てられました。悲惨な収容所の話ではあるのですが、こいつは日常系です。他のやつを読むとわかる。これは日常系。
収容所群島
- 作者:ソルジェニーツィン
- 発売日: 2006/08/03
- メディア: 単行本
ソ連の強制収容所を取り巻くあらゆる事象について記録を試みた作品。ソルジェニーツィンはこの本をロシアで結局出すことができませんでした。
プレミア価格がついたクソ分厚い本6冊分延々と、だいたい全部にわたって人類の愚行が述べられています。そういう書物です。しかし、じゃあ長いだけかというととんでもない!そのどこにも漫然としたものはなく、一行一行から怒りが伝わってきます。 読んでいてあまりの理不尽さにクラクラきます。なんなんだこれはと、本当に、なんでどうしてこうなったんだ、と言いたくなる。そして、その恐るべき結果をもたらしたものの端々に人類普遍、半径5メートルにある凡庸な愚かしさがにじむのです。すごく興味深い。「おそロシア」などと言っている場合ではない。野放図に資本主義を奉じれば共産主義のもたらした惨禍から距離を置けるというのは単純にすぎるでしょう(資本主義社会の申し子たる営業が「ノルマ」を口にし、強制労働収容所の環境は「独立採算」によって悪化するのです)
これを読まなかったらモチベーションが保たずに書けなかった。しかし、これがどういうモチベーションになったかは……よくわかりません
極北 コルィマ物語
- 作者:ヴァルラーム シャラーモフ
- メディア: 単行本
なんでグラーグの本みんなプレミアついてしまうん?グラーグから生還した詩人の本です。
新刊があれば是非買いたかったんですけど、プレミア付きの中古じゃ作者のためにならんよな……ということで図書館で借りました。食事をとってようやく自ら死を選ぶことができた囚人のエピソードが、ああ、そういうところあるよな、と思ってしまって辛い。
グラーグ ソ連集中収容所の研究
- 作者:アン・アプルボーム
- 発売日: 2006/07/01
- メディア: 単行本
英国在住の研究者によるピュリツァー賞受賞作のグラーグ研究書ですが一般向けで読みやすいです。
確かにソルジェニーツィンやシャラーモフの作品は偉大なのですが、同時代的であるし、原液みたいなものだし、古いです。この本とてけして新しくはないのですが、ブレジネフの時代に書かれたものよりは新しいですし、内容は網羅的です。今回読んだ本の中で内容を頼りにするという点ではこれが一番いいと思います。
もしもこの本に触れる機会があれば、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』がどのような熱意を持って出版され、かつての囚人たちにどのように受容されたかというくだり、ここはぜひぜひ読んでほしい。今まで「自分たちの物語」を持たなかった人々がそれを得ることの力強さ。最近とみに過小評価されがちな「文章の力」、そのすごさが垣間見えます。
ラーゲリ註解事典
- 作者:ジャック ロッシ
- 発売日: 1997/03/01
- メディア: 単行本
もしあなたがグラーグを舞台とした小説を書きたいと思ったら、この本はマストバイです。
スパイ容疑で長く抑留されたフランス人の作者による本です。事典の名の通り、グラーグに関するよろずの事について見出し語があり、それについての記載が並んでいます。作中の描写はこの本にかなり多くを拠っています。もう一度収容所小説のエミュレーションをやることになったら、その時もずっと脇に置きたい。項目ごとに引けて非常に取り回しが良いです。
訳にあたっている方にはシベリア抑留で苦労された方もいらっしゃいました。この本の編集中(20年以上前です)にすでに鬼籍に入られたということがあとがきで述べられていて、遠い目になりました。
共食いの島
これは収容所というよりは強制移民の話なのですが、結局のところ飢餓と加重労働とどうしようもない不作為が多くの人間を死に至らしめたという点で同根の話です。
「(上役への忖度のあまり、不正なしには)達成不可能な計画をコミットする」ことを指す「成功による幻惑」という概念をこの本で知りました。いやー、その言葉を言いだしたのスターリンなんですよ(たしか)。当時スターリンはそれをそのように呼んだのか!という新鮮な驚きがありますし、圧をかけておきながら「成果に幻惑されたお前が悪いんだけど?」的な他人事感がたまらないですね!東芝おとなチャレンジを思い出さずにはいられないのですが、権力の集中や恐怖による統治が行き着く先はどこも似たような構造を見せるんでしょうか?
平和祈念資料館
シベリア抑留・海外引揚者に関連する資料の展示をしている資料館です。新宿のオフィス街にあり、国の委託事業なので無料で入れます。こういったメモリアルが公に運営されているというのは、大切なことです。展示は著作権があるニュース写真などを除いて撮影可能です。
扱うテーマがテーマだしシベリア抑留にかする部分もあるので仁義を切る意味でも行かなきゃな……と、義務感から執筆も半ばを過ぎた頃に行ったのですが、もっと早くに行っておけば良かった。当然、グラーグの資料館ではないのでシベリア抑留や海外引き揚げの資料しかありませんが……その分、響や占守のエピソードはもっと豊かなものになったかもしれません。
展示物でオススメなのはスプーン。スプーンといえばグラーグで囚人が自作する物品として鉄板なんですが、これが凄まじく出来が良い。おそらく大切なものなので綺麗にされて展示されているというのもあるでしょうが……職人芸と、それを後押しした執念を感じます。笑うしかないくらいピッカピカに磨き上げられているので撮った写真をSNSにアップする際は映り込みに注意が必要です。
また、展示物以外に、図書コーナーが充実しているのが素晴らしいです。上の城など飾り物に過ぎん。ラピュタの叡智はここに結集されているのだ。出版された抑留者の手記や名簿、戦史叢書などがあります。レファレンスもやってるようでした。
ハイシーズン(8月)だったのもあって雪風に乗っておられたという方が講演スペースで講演されていたのと、ご尊父のたどった道筋を図書コーナーで調べられている方がいらっしゃったのが印象的でした。同人誌を会場で頒布したときも「祖父がシベリアにいた」という方が買われたケースもありましたし、歴史は連綿と続いてるもんです。それがあたりまえなんですけどね。忘れちゃうから。
ソ連一般関連
ソ連がなくなって四半世紀が過ぎました。冷戦も遠く、なかなか新しい本はでませんが、それはそうとしてイメージは必要になります。
いまさらですがソ連邦
ソ連の漫画といえばやはりこの人!速水螺旋人先生! 絵と書き込みを隅々まで眺めるのがとても楽しい一冊です。冒頭のシベリアにまつわる昔話はこの本で紹介されていたエピソードに拠っています。
独ソ戦 絶滅戦争の惨禍
図説・第二次世界大戦
出来事を位置と時間にマップするのが苦手なので、社会科全般が昔から苦手でした。太平洋戦争もよくわかっていないが、欧州もさっぱりわからん。個別のエピソードは知っているものもあるが、点の知識でしかない。10年以上前にストライクウィッチーズにハマったときにちょっと調べた気がするけど忘れた。 ……そんなひどい状況だったため、総説めいた本を読みましょうということで買いました。これら二冊のおかげで、個々のエピソードが「これはこういう意味だったのか」と立ち上がってくる。Googleで調べれば情報が出てくることであっても、それを位置づけるための知識の有無が理解度に大きな違いを及ぼすように思えます。
社会主義の軍隊
- 作者:川島 弘三
- メディア: 新書
このあたりは、政治委員の立ち位置、NKVDの立ち位置を調べるために読みました。冷戦期の本であるため、出版当時かその少し前くらいの話に紙幅が割かれており、直接使える部分はあまりなかった。組織図はちょっと使ったかな?くらいで、結局英語版Wikipediaを継ぎ接ぎしたやつで済ませてしまいました。図書館技能の低さが露呈した感じです。レファレンスサービスを使えばよかった。
オクトーバー:物語ロシア革命
- 作者:チャイナ・ミエヴィル
- 発売日: 2017/10/06
- メディア: 単行本
著名SF作家によるノンフィクション。革命以前~10月革命に至るまでの群像劇です。
最初は2月革命前夜のエピソードを入れようと思ってたんですよね。ガングートの出自や彼女がなぜ信仰の人になったかというのを描きたかった。ただ、そのエピソードを入れると逆に嘘くさくなりそうだったのでバッサリ削りました。だからガンちゃんは最初から最後まで、敬虔な、信仰の人です。
『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』
- 発売日: 2020/04/29
- メディア: Blu-ray
これを映画館で見たあとに表紙絵の打ち合わせに行きました。最高にテンションがあがり、「俺はソ連をやるんだ」という気持ちになりました。ソ連をやるってなんだ?
感情関連
女と女の感情よりも広い定義が必要になります。
月と怪物(『アステリズムに花束を』所収)
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)
- 発売日: 2019/06/20
- メディア: Kindle版
だいたいこいつのせいです。「謎のソ連百合」として知られた、ソ連百合はどこまでも飛んで行けるのだということを世に知らしめたエポックメイキングな作品。いや、確かにガングートをグラーグに入れるまでのアイディアはずっとあったんですけど、そのアイディアを発火せしめたのは、ソ連百合のポテンシャルを力強く示してくれたこの作品です。
スターリングラード
- 発売日: 2013/06/04
- メディア: Blu-ray
評判がよいわけではない方の『スターリングラード』です。これ自体は普通に面白い(悪役が大変いい味出していて良いです)。でも、映像があると格段にイメージが湧きますし、なによりダニロフ→ザイツェフの感情、これですね。ソーニャの感情はこれと『県警対組織暴力』に引きずられてるところがあります。本当に?
駈込み訴え
もはやソ連関係ない、みんな大好き太宰治のヤンデレ小説。 最初ソーニャは『ブラックラグーン』のロベルタのごとく自分が殺した死者が見えるようになって気が狂っていく設定だったんですが、そんなタマじゃなくないかというのと、これを読んで「自分の感情を自分で片付けられなくてむちゃくちゃになっちゃて、でもそれを半端に自覚して言語化できている状況って、エロいよな……」と思ったので方針変更しました。
2018年も調べ物をしながら同人誌を書いたのですが、それと比べると今回は古い資料に当たらないといけないことも多く、図書館の威力を痛感しました。ありがとう大田区。もう二度とふるさと納税をしたりしないよ。