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魔法少女まどか☆マギカ 第9話 2

心理描写が足りないのなら妄想すればいい,俺達はいつだってそうしてきた.
以下,ネタバレも妄想もあるんだよ.

「神様,いいだろ,こんな人生だったんだから一度くらい救いがあっても」の台詞がすぐには理解できなかったので,誰に向けられたものでどんな救いが足りなかったのかとちょっと考えてみた.

さやかに対してだとしたら,以下のようにつながる.
さやかはすべての問題を一人で抱え込み,自滅した.振り向いてほしい人に振り向いてもらうことはできず,友人を傷つけ,孤立していった.そして魔女となったあとも一人苦しみ続けている.故に杏子はさやかに「もうひとりで苦しまずに済む」という救いをもたらした.
杏子自身に対してだとしたら,以下のようにつながる.
杏子が他人のために望んだ力は,他人を救うことはなかった.異能の力は家族を死に追い込み,手を差し伸べ救おうとしたさやかもその手をはねのけて破滅へと進んでいった.自身がこのまま生き続けて魔女になった場合,絶望を振りまくことになる.故に杏子は「さやかを救って死ぬ」ことに救いを見出した.

どちらでもよさそうだし,どちらでもあるのかもしれない.よく言われることではあるが,あの二人は本当に鏡写しだ.正反対の様に見えることもあるが,力のせいで孤立し救いを必要とする様はよく似ている.


そして,死の直前に髪留めを外し,跪いて祈った杏子は大変に美しかった.極限状態において本来の状態に戻ったというか,吹っ切れた美しさがある.「鬼哭街」でタオロー兄さんが青眼に構えるところとかと一緒.
「新聞を読んで涙を流す」ような家族と共にあったという回想から推測するに,魔法少女となる前の杏子はおそらく素直で優しく敬虔な子供であったのだろう.家族を失った後に修羅場鉄火場を潜りぬけ,半ば生きる知恵としてエゴイズムとニヒリズムを身につけていたが,死を前にして本来の「素朴な善人であり敬虔な信徒」に立ち戻る.それがあの姿かと思うと崇高ですらある.