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Aloestelic Site 3rd Edition

Twitterで書くと早口すぎて気持ち悪くなるとき用

2013年のアニメ個人的ベスト3

仕事と艦これ以外何やってたか思い出せないマン(記憶力低下

1位:ラブライブ!

ここ二年くらいはおおまかに言ってアイドルアニメの年であった.その中でもひときわ時めいているもののひとつが「ラブライブ!」であろうと思う.

部活ものアニメのど真ん中,努力・友情・勝利の原則に従い,特訓して,仲間を集めて,競い合い,すれ違い,支えあいながらもスターダムにのし上がっていく.実にストレートで情熱に満ちた(でも,平坦ではない)躍進の物語.憂鬱な日曜の夜,その光り輝くエネルギーに元気づけられたことも一度ならずあった.

アニメ本編のみならず,ラブライブ!という企画自体を取り巻く流れもまた物語に満ちたものだった.掲載誌こそシスプリで名を馳せた読参の名門ながら,最初は無名に近い読者参加企画.最初のCDの売上は3桁,そんな中で地道にファンを増やし続けて,最後に大ブレイクしてSSAを二日間埋めるコンサートを開催するに至る.その躍進の物語がどうしても本編とオーバラップして,二重に強く心を動かされた.

ファンの皆様,本当におめでとう.

2位:戦姫絶唱シンフォギアG

王道,つまり既知のパターンの集合であること,の威力,これが生かされてる作品のひとつがシンフォギアGであると思う.

これだけ無理・無茶・無謀の三無主義を魅せつけつつも,エンターテイメントとして踏みとどまっているのは,ひとえに「なんだかんだあるが大団円に向かって進んでいる」物語をやってるんだと理解できるようになってるからであると思う.

ヒロインが悪漢にさらわれて5分でヒーローが助けにきたら「いくらなんでも早すぎるよ!?」とは思うけれど,助けにこない話よりは受容しやすい.だから,バッドエンドは丁寧に計算高くやらねばならない.でも,ハッピーエンドにはその制約がない.だとしたら,その分のリソースを速度と趣味につぎ込むことができる.

その結果がこの満艦飾だよ!

第3位:キルラキル


キルラキルを褒める奴はおっさんだ.褒めない奴はよく訓練されたおっさんだ.私はおっさんになどなりとうなかった.

その他

劇場版なので除いたけれど,叛逆の物語はよかった.これのせいで私の中で今年の漢字は「愛」になった.最短時間経路をたどった光のみが屈折した光として残されるように,ほむらの屈折した愛も苦境の中で最善を目指して進み,残された光なのだ.闇色に輝いて見える.

また,去年の作品だが,ガルパンもこれまたポジティブな躍進の物語で元気づけられた.1Qはガルパンラブライブ!で得た仮初めの気力を灰色のデスマーチの中に溶かし続けるだけの人生だった.

海軍E-7反省会,なのです

艦これのゲームメカニクスが抱える矛盾が生む「運ゲー」という批判 - 絶賛墜落中の空中遊園地

を読んでだいたい正しいと思ったんだけど,自身の肌感覚を支離滅裂に書き散らしたいという欲望に耐えられなかった.

まず,艦これのリソースは時間(実時間およびプレイ時間)に還元できます.人間はいつか死ぬので,すべての無限にリトライ可能な運ゲーは時間ゲーとも言えるのです.

これにより,用意されたステージをクリアするという意味での艦これの遊び方(これを以降,サブゲームXと呼称します)は時間をいかに効率よく中間生成物(資源,艦娘,装備,ゲージ)に変換しステージクリアに繋げられるか,これに尽きると言えます.そこでなされる判断を体系的に組み上げる営みが,サブゲームXというゲームです.

しかしながら,そこで「試行あたりのステージクリア率を向上させる施策」が「試行回数の増加施策(=単純な出撃)」よりも時間効率に劣る状況に追い込まれた or プレイヤーがそう思い込んだ段階でサブゲームXの楽しさは死ぬことがあります.
死にました.自己効力感を自ら捨て去ったらそりゃつまらなくなる.「手続きが定義されてるならそれを実行するのは私の仕事じゃないでしょ?」という上流SEめいた妄念に囚われるのがサブゲームXのゲームオーバー(の一つの形)です.

サブゲームXの一種である期間限定イベントの場合は

  • プレイ時間が限定されている
  • イベント向け備蓄というメジャーな戦略を取る限り中間生成物の枯渇が起きにくく選択肢が限られてくる

という理由でこの局所最適めいたドツボにはまりやすいのだと思われます.

ここからは懺悔となりますが,私は自分で艦これを,正確にはサブゲームXをつまらなくしてしまったのです.試行回数というイデオロギーがアカンかったのです.局所最適の陥穽に気づかぬまま矢矧掘りに走った不明がアカンかったのです.矢矧掘りはサブゲームXの要件を満たさないような気がするけど,とにかくアカンかったのです.

なお,艦これはサブゲームXでないサブゲームを含んで楽しくあります.嗚呼,二航戦かわいい.

どうして自称功利主義者のくせにアニメの有効利用に牙をむくんだこいつは……

功利主義者じゃないからです→(結論)

(アニメに学ぶなんたらかんたら,というものがむかつく理由に関する自分語り)

自分の場合,前提として,娯楽や芸術において実利的な価値はメインたりえず作品そのものの価値が一番重要なのだという教義を信じている.

お気に入りの作品をNo-butで語るのも,その作品にはそれ自体価値があり,それ以外の要素で毀損されたりはしないのだということを強調し,その作品が最上位の価値を持つのだと言いたいがため.

これは多分に「こんなにクソの役にも立たないものにどうして入れあげるんだ」という内在化された世間への反発という側面を持つ.
また,それ以外の部分で実用第一主義的な立場をとる自分との整合性を保つための理論武装でもある.

で,こういうレトリックのもとで発言することに慣れきってしまっているから,(それがたといプロレスであったとしても)実利的な価値を強くプッシュされると「あれ?作品そのもの価値には言及しないのかな?」と思ってしまう.

めんどくさいよね.気持ち悪いよね.

流れよわが涙,とエクセル方眼紙マンは言った

【雑談】運が7割。選択が1割。残りは努力。
http://d.hatena.ne.jp/sho322/20130209/1360373193

読んで,黙っていられなかったので書き散らす.自分の言ってることは業務基幹系のドメイン限定かもしらん.

要件を制限すればプログラムはシンプルになるんだけど,一定以上の図体を持った基幹システムの開発でそれをやるには相応の理解と調整が必要になる.それを軽視すると,いかに優秀な実装者を以てしても混沌としたシステムが生まれる.

システムの価値を落とさず設計を美しく保つためには,"Keep it simple stupid"を貫くためには,コードを書く以外の作業も必要になる(そして一定以上の規模のシステム開発においてはそれは専任の人間を必要とする量に達する)のだとわかってほしい.当然だけれど,ステークホルダーたちが皆システムの都合ですからと言われてハイそうですかと引き下がってくれるわけではない.

中小規模のプロジェクトに関わるプログラマは割と声がでかいと思うので,大規模プロジェクトで上流をやってる人間にもっともっとソフトウェアエンジニアリングを語ってほしい.無謬からはほど遠くあれども,上流の人間は技術に疎いだけの人間ではない.

雑感

実名報道の件で一部記者がその他世間大勢と違う判断をしており非難にさらされているわけだが,どうしてそこまで判断基準が違ってしまったのだろう,と思う.

○○ムラではないが,属する集団によって個人の判断基準が変わっていくのは当たり前で,故に,誰しも特異な判断基準をもってしまっているはずである.だとすれば,自分が知らず知らずのうちにドライブされている「現場の論理()」とはどのようなものなのだろう?

そして,どうすれば「現場の論理()」は強く/弱くインプリントされるのだろうか?個人の判断基準を「平均的な」それから乖離させてしまう集団の特性はなんなのだろうか?

自分は,新聞記者の給与を牛丼屋のアルバイトと同じまで下げても,新聞記者が牛丼屋のアルバイトと同じように考えるようにはならないような気がしている.似たような給料をもらっている営業と話してさえ,著しい価値観の違いがある.

ビビッドレッド・オペレーション 第1話,第2話

元来ミリタリ要素と美少女キャッキャウフフは両立しない.

一定以上の受容可能性を提示しつつ戦闘美少女ものをやってる作品を顧みると,キャラを犠牲にして「ああ,これは美少女だろうとゴミクズみたいに死ぬんだなぁ」と思い知らせるか,死とそれに起因する要素を犠牲にして「現実じゃないから仕方ない」と思い知らせるか,
の両極があるように思う.

「リアリティ」はあるとかないとかいうよりもおそらく安定していることが重要である.
力量もないのに無理に戦闘と美少女を両立させようとすると,美少女ほのぼのグロが酷い,どいつもこいつも二重人格,というWeb投稿ラノベのごときリアリティ無残を晒すことになる.

吉野弘幸という脚本家は上手い下手は別として意欲的にこのド中央に広がる地雷原を疾駆しようとしてる節がある.ほんとうにもう,舞-HiME以来.

2012年のアニメ個人的ベスト3

今年はデスマ部(仮)の部活動が大変忙しく,アニメを見る本数も減った.文章を書く場はTwitterに移り,140文字を少し超えて文章を書くことも減った.

それでもやはり,かわらず,アニメは面白くある.

1位:戦姫絶唱シンフォギア

クソアニメと名前を挙げられれば憤ってみせ,逆に名前が上がらないと不安になる,中身が無い作品だと言われればそんなことはないと反駁し,3.11へのエールを秘めた作品と称えられればそういう見方をするものではないと窘めてみせる.

そういう微妙な距離感と真直ぐでない愛情をもって,BDとキャラソンとフィギュアと書籍を全て購入している.

他人がどうという立場を離れ,魅力を語るとすれば,シンフォギアが面白いのは音だ.

音質がいいとかじゃなくてセリフでもリズムがいい.真面目くさった書き言葉を喋らせてちょっと外した面白みを見せたとおもいきや,テンポのためなら省略して新語を作ってしまう(例:ちょろくせぇ→ちょせぇ)

打てば響く,阿といえば吽,実に気持ちいタイミングで返答が来る.

音楽に合わせて絵を作る,音楽に合わせて声を作る.だから,音楽に合わせてアニメが出来る.キャラが動く.それが見ていて気持ちがいい.

それにやはり,自分は制作者が好き勝手やって作ったものが好きなのだ.

実際こっ恥ずかしいし馬鹿馬鹿しいアニメではあるだろうけれど,若干の苦味とそれを上回る情緒,尊敬,賞賛を込めてこう言いたい.

「こういうのでいいんだよ,こういうので」

2位:咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A

超能力にはルールがある.いかに強力な能力でもルールを外れて勝つことは出来ない.だから,能力者と相対する者はルールを探し,機転を利かせ,相手の裏をかくしかない.これは能力バトルものの王道であり面白みであり,ジョジョやH×Hのような人気の高い能力バトル作品にみられる共通項でもある.

時に共闘し時に敵対するマルチゲームの中でそういった能力バトルをやるならば,これが面白くないわけがない.

魅力のひとつであった,派手で古臭い演出と,わざとらしい百合スキンシップは1期に比べて控えめとなった(もしくは自分が慣れた)ものの,面白さの根幹をなす能力バトルおよびスポ根の様式美は健在.今後のストーリーは漫画で知っているものの,1月の特別編配信が楽しみ.

3位:PSYCHO-PASS サイコパス

大人向けのハードボイルド風味その実オサレにしかなり得ない雰囲気,わざとらしい古典の引用,情け容赦のない残酷描写.しかし傍から見ればどこか間抜け.

これは紛れもなくProduction I.G.制作のゴンゾアニメである.

ゴンゾは滅びても,スタッフはどこへなといって仕事をしているし,ゴンゾアニメのミームは市場なんぞに淘汰などされていない.それはとても素晴らしく,寿ぐべきことだと思う.

ヒロインがちょっと不細工&ジト目でとても可愛くて虚淵に曇らせられるのと,のり子ガンの音声が情け容赦無いことを丁寧語でいいそうな雰囲気でよろしい(本題).

その他

去年の総集編なので選外にしたけれど,まどか☆マギカ映画版は大変良かったというか,自分はどうあってもまどか☆マギカが好きなのだと,そういう気分になった.